『データサイエンティスト列伝 ~偉大な先輩に聴く~』 第一回 川村秀憲 教授(2/4)
2019.03.25
前回に引き続き、北海道大学大学院情報科学研究科の川村秀憲教授にお話しをうかがっています。
『データサイエンティスト列伝 ~偉大な先輩に聴く~』 第一回 川村秀憲 教授(1/4)
先生はどのようなスタンスでAIと向き合っているのでしょうか?
『大切なことは人とAIの調和です。』
Q:先生の所属している「調和系工学研究室」という名称がユニークですね。
私は大学に残って人工知能に関する研究をずっと続けてきたわけですが、技術の理論的側面ばかりを追うのではなく、「人工知能を社会の中でどういう風に役立てていくのか」「社会と人とテクノロジーが調和しながらお互いに良い世界を作っていくにはどうしたら良いか」というところまでが研究のスコープに入っていました。人工知能とは火やハサミのようなツールなのであり、使い方が良ければ人の役に立つけれども悪ければかえって不幸にするということもあり得ます。そういった「ツールの使い方」も含めて人工知能そのものと、人工知能の社会における在り方や人との関わりの在り方というところまでを研究するという意図があって、研究室には「調和系工学」という名前が付いています。
Q:「調和系工学研究室」は企業との共同事業が多いですね。
私はもともとモノを作ることが好きだったわけですが、それ以上に作ったモノを誰かに使ってもらうことで利便性が向上したり、社会が変わるといったことが大事だと思っています。その理想を実現することをリアルに考えたとき、様々な科学技術や基礎研究をすることは大学でもできるわけですが、それを多くの人々に使ってもらったり社会に広げるということは大学のリソースだけでは無理です。そこで、共同研究のような形で多様な人たちと一緒に進めることが重要になります。
Q:具体的にはどのよういったことですか?
例えば、ディープラーニングをやるために必要になるビッグデータをどこから調達するかという課題があるのですが、多くの研究者はインターネット上で公開されているオープンデータを取って来てAIに学習させてトレーニングしているわけです。しかし、私にとってそのやり方には危機感があります。なぜなら、基礎技術だけでなくデータまでオープンになっているものに頼ってしまうと、自分たちの特異性を出して独自の技術を作っていくことが難しくなってしまうからです。だからこそ、できるだけリアルなデータを独自に持ちながら、AIの技術を使って課題解決するという手法を用い、「他では出せない成果」を出していくべきだと思っています。そのためにも、民間と共同研究しながら進めていくことは極めて有効です。
Q:なるほど、大学の内側だけで完結してしまうことへの危機感ですね。
そうです。大学にいて自分たちで課題を考えて解決していくやり方は、気をつけないと発想が狭くなってしまいます。そこで、様々な人や企業と一緒にコラボしながら進めていくと、彼らが持っている課題や問題意識に対して「我々が研究している技術的な施術で何ができるのか」と考えることになり、考えの幅がとても広がります。我々の大学の研究室は民間とのビジネスのコラボレーションの中で独自の立ち位置を模索していこうという意識で進めております。結果的には、企業にも大学にもメリットが多いと思います。
Q:個別の専門性を持つ多様な企業とのコラボレーションには苦労がありそうですね。業界も異なっていますし。
我々はファッションや通信会社、ロボットなど多様な相手とコラボレーションをしていますが、技術として「ディープラーニングを使うか・機械学習を使うか」といったバリエーションの違いがあったとしても、本質的なところはあまり変わりません。一件バラバラに見えても、研究の段になってくると方法論や進め方に大差はなく、研究課題として同じように扱うことができます。
重要なのは「調和系工学」という名前も付いている通り、全体を考えて技術とのバランスを取って、一番良い解決策に向かっていくかというところです。
そのためにはヒアリングとディスカッションを徹底して重ねていきます。通常で言えば、大学が持っている技術シーズを応用することを前提に「これで何かできないか」という形でディスカッションが始まるケースが多いのですが、我々はむしろ企業が抱えている問題やニーズを研究対象として具体的にAIやデータサイエンスの課題に落としていくのです。その手法こそが我々が持つ強みだと思います。
Q:今後のビジョンをお聞かせください。
囲碁のプログラムのような明確なルールの中に成り立つ領域では、絶対に勝つために「次に何を指すべき」という正解が存在することをご存知ですか。それを「最適解」と呼ぶのですが、ロジカルに考えると囲碁の世界には人間がいなくても勝つための正解が存在するんです。まるで、「囲碁の神様」が存在するかのように。
ところが、ファッションや俳句などの世界は人と人の中に正解があるわけですから、人間のいないところで正解が存在することはあり得ないわけです。そのような領域に対してAIをうまく使って、人とAIを並び立たせ、両者が調和しながら解決しなければいけない問題というものが必ずあります。それは、断じて「AIが人に勝ってAIが人に置き換わる」という領域ではないのです。ところが、そのような領域でAIをどういう存在として考えるべきかと言う議論はあまり為されていないのが現状です。
私たちの研究室は、「人とAIが調和して初めて成り立つ社会システム」の在り方について真剣に考えています。その思考こそが、つまりは「調和系工学」なのです。
(次回に続く)
次回は、AI社会における人と仕事の関係についてお聴きします。
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