『データサイエンティスト列伝 ~偉大な先輩に聴く~(第二回)』 山田誠二 教授(1/4)
2019.07.08

偉大な先輩DS(データサイエンティスト)に過去や未来を聴く『データサイエンティスト列伝』。
今回は、国立情報学研究所コンテンツ科学研究系の山田誠二教授をお迎えしました。
「人間と協調する人工知能」をテーマに、ヒューマンエージェントインタラクションのアプローチで研究に取り組んでいらっしゃる山田先生からうかがったお話を4週にわたってお届けします。
「AIから見たら人間は“気難しい上司”なのかもしれません」
■さっそくですが、先生が取り組んでいらっしゃる研究やプロジェクトについてお聞かせください。
「HAI(ヒューマンエージェントインタラクション)」と「IIS(知的インタラクティブシステム)」というふたつの領域が、主たる取り組みになります。
HAIとは、「人間とエージェント」や「人間と人間同士」がうまく協調して作業するためのインタラクションデザインに関する研究領域です。エージェントとは、例えばアバターやロボットのような擬人化された人工的な存在を指しています。
■インタラクションとはどういうことなのでしょうか?
「インタラクション」は、コミュニケーション上の相互的な作用のことなのですが、わかりやすく言えば、我々がこうして会話をしているときに、相手との間で受け取ったり与えたりしている膨大な情報のすべてを指します。例えば、相手の顔や表情がそうですし、音声によって伝わる言葉の内容だけでなく声の抑揚とか速度などもそうです。他にも、身振り手振りなどもすべてがインタラクションです。そういった情報が双方向に流れ、各々が脳で処理しているわけですが、それらのインタラクションをどうデザイン(設計)するかというのが研究の課題です。インタラクションのデザインによってコミュニケーションは飛躍的に向上します。
「デザイン」という意味を具体的に教えていただけますか?
「エージェントの外見をどうするか」という例がわかりやすいかと思います。例えば、エージェントは基本的にCGで外見を作るのですが、その際にロボットのような無機質な外見であるよりは、可愛らしいキャラクターなどにすることで、親しみやすさは圧倒的に高くなります。
簡単に言うと、エージェントを「可愛い外見」にしておくと人間は進んで話しかけたくなるものなんです。例えば、エージェントが2~3歳児ぐらいの赤ん坊の外見だった場合、大概の人間は見た瞬間にニコニコしますし、エージェントを子犬や子猫の外見にしておくと、多くの人間が好んで歩み寄ろうとします。もっとも、赤ん坊や犬猫を外見にしてしまうと、自然言語を話させることが不自然になってしまいますけどね(笑)
つまり、エージェントに最適な外見を与えることで、人間とエージェントの仕事(作業やタスク)を円滑に回していくというのが1つのテーマになるわけです。
また、デザインの対象は外見といった視覚要素だけではありません。音声や視覚、触覚といった様々なモダリティがありますけど、それらの組み合わせ方によっては「相手を思いやるような優しい気持ち」さえも相手には伝わるわけです。そういった組み合わせ方を考えることも「インタラクションデザイン」です。
■エージェントの外見によって親しみがわくというのはイメージできるのですが、それ以上に人間の意識や感情が動くことはあり得るのでしょうか?
もちろん、あります。
AIと人間がインタラクションを持つと、人間がいろいろと変容することをご存じですか?わかりやすく言えば、人間の態度が変わるんですよ(笑)
よくあるのは、スマートスピーカーなのですが…。例えば、Amazon Alexaに「アレクサ、明日…じゃなくて…明後日の天気を教えて!」などと言い淀みながら話しかけたとします。そうすると、明確に「明日」と言われていたならば100%に近い認識をするAIであっても、「明日」と「明後日」の認識ができなくなってしまい口ごもるんですよ(笑) つまり、間を空けてしまうんです。すると、人間は自分が言い間違えたことでAIが戸惑っていることを察知して、もう一回優しく言い直してあげるんです。これが人間のすごいところで、相手の欠点をちゃんと見抜いた上で、理解して、それに合わせて正確に処理できるように自分の方から歩み寄っているんですね。つまり、態度が変わるわけなんです。
…であるならば、その心理を応用して、人間が自然にエージェントに歩み寄ってくれるような状況を作ってあげればコミュニケーションは円滑になると考えられますね。
■それは面白いですね!では、AIが人間の感情を気にすることはありますか?
それもあります! 人間から出てくる情報として人間の感情というものがあるわけですが、人間の顔の表情などをエージェント側で処理したときに、「あ、不機嫌だ…」というのは認識されますよ。
IISのことをお話しするのがわかりやすいかもしれませんね。
IISは、人間と機械学習・データマイニングシステムの知的なインタラクションデザインを目指す新しい研究領域のことなのですが、例えば、AIが考えてきた結果(数値や画像などの情報)を人間に報告する際に、「どのような形で見せたらいいのか」「どのタイミングで見せたらいいのか」という問題があるんです。
■タイミングですか!?
そうです。報告とか提案というのは、相手が忙しそうにしている時に見せるのは得策ではありませんよね(笑)
■まるで上司への報告と同じですね。
その通りです(笑) AIにとってみたら「人間は気難しい上司」という一面があり、AIは慎重につきあう必要があるんです。
これは、「ノーティフィケーション(notification:通知、公告、告示)」と言って、「HCI(ヒューマンコンピュータインタラクション)」では一つの大きな研究分野になっています。
例えば、こんな状況があります。AIが集めてきた情報に対して、人間は「うーん、ここは調査が甘いんじゃないのー?」という評価を持ったりするわけですよ。AIも完璧な結果ばかりを出すわけではありませんし、発注側の評価は得てして辛口になりがちですからね。そこで、AIは人間からの辛口の評価を受けて「すみません、調べ直します!」といってやり直しをします。すると、次の報告に対してもまた人間からの辛口評価があって、またやり直す…ということを何回かやっているうちに、最終的にいい形になっていき人間が満足を得るわけなのですが、まあ簡単に言うとこのようなやりとりができ、人間が教師になってきちんと学習していくシステムこそが「IIS」です。
人間とAIが何回もやりとりをするにあたって、人間側にはAIが対応しやすいフィードバックをかけてあげるという課題があるし、AI側には人間をより満足させるような形で報告をすべきという課題があります。その中には、わかりやすい形で報告するということも含まれますし、人間が忙しくないタイミングを見計らって報告するということも含まれます。
こういった課題を解決していくことで、人間がAIに適用しやすくなる環境――すなわち、人間の能力が最大限に活かされる知的インタラクティブシステムを整えていくというのがテーマですね。
■先生の研究には多分に心理学的な要素が多いと思えるのですが、専門の勉強はなされたのですか?
確かに、テーマは社会心理学に非常に近いですし、実験も心理学実験に近いですね。しかしながら、専門の勉強をしてきたわけではありません。また、私の領域はどちらかと言えば、認知心理学と呼ばれている分野に近いと思うのですが、だからと言って、認知心理学の専門というわけでもありません。もちろん、哲学の専門でもありません(笑)
AIに取り組んでいるうちに、「人間とAIが協調することこそが現実的であり、いいものが出来る」という認識に至ったのですが、そこまでくると心理学に近づいていくことは必然なのです。結果的に心理学の方面も勉強しなければ実現できなくなってしまうことが現実的にはあって、自分の研究の範囲だけではありますが、心理学のことは勉強していますね。
次回は、先生とAIの出会いについてお聞きします。
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